僕らは何者でもないのさ

多すぎ大人の選択肢

出版家業は鉛筆1本で無限に続く

 

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なんだかんだ、見ていましたよ。最近はお仕事ドラマの中でも出版業界がすごく多いですよね。

 

自分でも意外なのが、いまの仕事を始めてからいちばん身近なものってなんだろうなって思うと、「鉛筆」なんです。
もちろん、資料やら原稿やらはPCで作ります。でも、自分の仕事の欠かせないものといったら鉛筆。小学校のときはあんなに「ダサい。はやくシャーペン欲しい!」と思っていたのに今では少しでも大事に使いたいという感情が芽生えてきました。

なぜ、そこまで鉛筆が大活躍なのかというと、2つのことが仕事において多いからだと思うんですね。

 

『校閲ガール』を見ていた人も多いと思いますが、原稿には「赤」が入ります。僕なんか完璧な人間ではないし、日本語に堪能でもないので、見たまんま真っ赤になります。対象の文字からすーっと赤線が伸びて「どのように変えるのか」指摘されます。あの直し方、じつはJISで校正記号が決まっているんですよ。

http://www.amudesu.co.jp/proof.pdf


それからもわかると思うのですが、僕の仕事は「見せる」が多い。特に複数の人に対して。記事ひとつでも原稿を書く僕達以外に、レイアウトを作るデザイナーさん、記事を組み上げる印刷所があります。その人達に見せたときにどう修正すればいいのか共通の記号を持ってないと伝わりにくいですよね。

見せる、となにが起こるかというと、ひたすら「直す」事が起こります。この「見せる」と「直す」の繰り返しが、僕の仕事の大部分です。

「直す」のは校閲だけじゃない

みなさんも御存知ですが、校閲が直します。でも、そこからぐっと前に時間を戻すと、僕の原稿は上司にも直されています。もっともっと戻すと、記者さんからの原稿を僕が直しています。あまり周りのことはよくわからないのですが、僕と上司のあいだは、4、5回ぐらい行き来するんじゃないかなと。そうすると、僕だって直されたくないから、自分で直しますよね。なんなら、直し方も直したくなるから消せる鉛筆がいいとなるのです。「ゲラ」という、印刷所に渡す原稿は1枚だけ。それが順繰り回ってきます。だから、記事自体を最初とは違う方向に持っていくとき、記事の大部分を修正するとき、せっかく入れてもらった校閲の指摘も全部消さなければいけない。
それは、レイアウトを考える、作るときも同じ。

 

こんなことは、21世紀のデジタル社会において、ほんの一握りだと思うのですが、うちには「手引き」のデザイナーさんがいます。文字通り、手でレイアウトを引きます。ライトボックス(下から光を当てて透かすもの)で写真のアタリをとって、なぞってレイアウトをおこしていきます。絶対、イラレのほうがいい!と思うでしょうが、そうでもないんですよね。おこす時間も早いし、何より鉛筆で書いているからその場で消して直せる。そういう意味でも、やっぱり鉛筆なんです。
それにいちばん仕事を実感しているとき、同時に苦しいときというのは鉛筆を握っているとき。自分の考えが正しいのか、頭のなかではひたすら自問自答が続いているからです。

 

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 要するに「リライト」